青いダウンジャケットは駅前でつかまった。しょうちゃん、と声をかけると、名前の主はかったるそうにわたしを振り返った。


「……ミツは?」


わたしの好きなかすれた声、いつもよりうんと低くて、ちょっとびびってしまう。


「みっちゃん……は、塾だって」


たぶん、嘘だけど。


「ふうん」


しょうちゃんは興味なさげに視線を逸らした。わたしの右手のなかで肉まんが冷えきっていた。


「ごめんね」

「なにが?」


なにがって聞かれると、なんとも答えにくいね。それともほんとにこの肌に痛い気温が気に食わないだけなのかもしれないから、自意識過剰なことはとても言えない。

そう、自意識過剰、ぜんぜんありえるから困るよ。しょうちゃんがわたしなんかにやきもち妬いてくれてるかもって、なにがどうなればそんなおめでたい発想が出てくるわけ? うわあ、いまさら、死ぬほど恥ずかしい。

いったい、なにしに追いかけてきたんだろう。わたしはなにを言えばいいんだろう……。


「――年明けの5日」


もごもごしているわたしに、しょうちゃんはさっきよりもパキッとした声で言った。


「その日の午後に大阪帰るから、朝、空けとけ」


どこまでも命令口調だ。しょうちゃんはいつだってこの大宇宙の中心にいる。


「返事は?」


ぼけっと見とれていると、その顔は怪訝そうに眉間にしわを寄せた。


「ハ、ハイっ」

「寝坊したらシメる」


恐ろしいことを言って、けろっと笑ったしょうちゃんの笑顔に、胸の奥のほうがぎゅうっと締めつけられた。その笑顔はずるいんだ。さっきまであんなに怒っていたくせに。ずるいんだ……この男の子は、本当に。


「気をつけて帰れよ」


すぐ怒る。かなりの俺様気質だし、待ち合わせの時間どおりには来たためしがない。

でも、帰り際にそんな台詞をさらっと言うし、わたしが電車に乗るまでをちゃんと見届けてくれるね。

松田祥太郎はそういう男だ。ぶっきらぼうで、なのに誰よりも素直な、かっこいい……男子だ。


しょうちゃんと、みっちゃんと、3人で会うってのは、もう二度とやめておこう。

わたしが電車に乗りこむのを見届けるとすぐに背を向けてしまった、鮮やかな青のダウンジャケットを、わたしは電車の窓からじっと見つめていた。

見えなくなるまで。見えなくなっても。