たとえばわたしがみっちゃんに“恋”をして、みっちゃんもわたしに“恋”をしていたのなら、これはもっと簡単で単純な話だったのかもしれない。
「ふたりでなに話してんの?」
聞き慣れた涼しい声が降ってくると同時に、わたしたちのまんなかに濃い影ができあがった。
「おお、ミツ。お疲れ」
「水樹はぜんぜん見てなかっただろ」
「見てたって、光村クンの勇姿」
「うるせーよ」
さっきまで遠い場所でグローブをかまえていたみっちゃんが目の前で笑っている。試合が終わってコッチに直行してくれるところが、好きだよ。まあ水樹くんのところに来たってだけかもしれないけど。
「いやぁ、川野さんにずっとのろけられてたよ」
「なに?」
「この子ってミッチャンダイスキしか言わねーの、ほんとに」
うるせえ、とわたしが言う前に、みっちゃんが軽快に笑った。独特な、風にふわりと乗せるみたいな笑い方。
「だろうな」
長い脚を折り、水樹くんとは反対側、わたしの右側にキタキツネは座った。
「まあ、おれら、相思相愛だし」
ぶわっと鳥肌が立つ。なぜか涙腺がゆるみかける。心臓が口から出そうになるほどうれしいのを抑えるのに、わたしはもう必死だった。
「それ、さっきも川野さんから聞いた」
水樹くんはもういいよってふうに力なく笑った。
「あれ、マジで?」
「もうキミタチは勝手にやってなさい」
すぐ右側にある、みっちゃんの左腕にぎゅっと抱きつく。でもみっちゃんはなんにもしない。照れたりも、驚いたりもしないし、わたしに応えるような素振りを見せたりもしなければ、わたしを嫌がったりもしない。ほんとになんにもしない。
みっちゃんのこういうところが最高に居心地いいんだよ。男女のあいだにありがちな、面倒な感情を生み出さないところが。
そう言っても水樹くんはきっと理解してくれないんだろう。
「みっちゃんが大好きすぎるっ」
「最近あれだな、奈歩の語彙力の低下が著しいな?」
世界でただひとり、わたしのすべてを、みっちゃんが理解してくれるならそれでいい。
みっちゃんだけがいてくれたら、ほかの誰に非難されたって、嫌われたって、バカにされたって、それだけで無敵だよ。本当だよ。
きっと、みっちゃんと簡単に単純な“恋”をしていたら、この無敵さは手に入らなかった。