「じゃ、いま空き時間? わざわざひとりでミツのこと見に来てる感じ?」
水樹くんはからかうように言った。いつもこの男の子にこういうことを言われるのはむずむずして嫌なんだけど、ミキとナミの話をこれ以上したくなかったので、きょうばかりはよかった。
「そうだよ。わたしの応援がないとみっちゃんはがんばれないからね」
「うわ、相変わらず傲慢な良妻だな!」
ゴウマンなのにリョウサイか。水樹くんってやっぱりおもしろいことを言う。
たしかにね。
良妻だからこうやってちゃんと見に来てはいるけど、ガンバレなんてのは声に出さないしね。黙って紅茶飲んでる。目立つ場所を陣取ったりなんかもしなくて、こうして端っこの木陰にいる。
それでもみっちゃんはわたしに気付いてくれるんだもの。おまけに中途半端な笑顔を浮かべるから、みっちゃんってかわいくて仕方のない男の子だよ。大きな前歯を見せてわたしだけに笑ってくれるから、好きだよ。
こういうところが傲慢なんだろうな。知っている。水樹くんはよくわかっている。
しゃべっているうちに、落ちている木の棒を何気なく拾い、またくだらない落書きを始めていた。落書きはなんか昔からなおらない癖だ。ノートに落書きのない科目はひとつだってないし、それはほんとにみっちゃんによく怒られる。まじめに授業聞けよって。
足元に広がっている壮大な茶色いキャンバスに、デフォルメした男の子を描いた。さらさらの黒い髪、涼しそうなつり目。
「へえ、うまいね」
水樹くんが覗きこんでくる。
「誰かわかる?」
「ミツだろ?」
「せーかい」
さすが水樹くん、と言うと、さすが川野さん、と同じ調子で返ってきた。
「ほんと、ミツのこと大好きだね」
「うん、そうなの、大好きなんだよね」
好きすぎてどうしよう、とわたしが続けると、
「わはは、なんだそれ、知らねえよ」
と笑われてしまった。
水樹くんが笑うのと同時に、カキンと気持ちいい音が響いた。弧を描きながらだんだんと重力に負けていく白球が、みっちゃんのかまえたグローブのなかに素直に落ちた。