「――奈歩っ」


はっとした。目のなかでフラッシュをたかれたように、暗転していた視界にパッと光が戻ったみたいだった。

視界が開ける。ウチのリビングにいたと思っていたのに、ぜんぜん違う景色で、頭が混乱している。


「奈歩」


お父さんのかわりに、なぜか、みっちゃんがいた。

あれ、デジャヴ――? あのホワイトデーの日と同じ、みっちゃんちの最寄り駅近くの公園のベンチで、わたしたちは向かい合うかたち。この景色、なんだかすごく見たことがある……。


「みっちゃん……?」


わたしの膝の上に両手を置き、しゃがみ込んでいるキタキツネに視線を落とす。

そこで、無数の切り傷と、血の痕に気付いた。嫌になるほど太い脚。日焼けしていない白い太股の上に散らばる赤い線はあんまりにも汚くて、目を逸らしたくなった。


「あ……また」


切ってる――

言いながら、頬が涙に濡れていることを自覚する。


「……やっぱり、普段からやってたんだな」


みっちゃんが言った。いつもの冷たい声じゃなくて、ちょっと苦しそうな響きで、わたしの心臓もいっしょにぎゅっと縮こまる感じがした。

ああ、いちばん知られたくないひとに、バレてしまったなあ。


「なんでこんなこと……」


なんのために切っているのかなんてわからない。そもそも記憶のないうちにやっているから、本気で死にたいと思ってなのか、大嫌いな自分を痛めつけるためなのか、見当もつかない。それとももっと別な理由があるのかも。

いつも、我に返って、血だらけの脚を見て、ほんとに嫌になる。そのときこそ心から死にたい気持ちになる。死ぬ勇気なんかないくせにダセェのって思う。


「……ごめん、なさい」


なんとなく謝った。

みっちゃんは、ちらりとわたしを見上げて、小さくかぶりを振った。