からかったものの、僕は嬉しかった。
今まで様々なことに囚われ、この街に籠っていた渡の心が、外に向かおうとしている。
いつのまにか兆しが芽生えていたのだ。

「僕も、行こうかな。その旅」

僕は思い切って言うけれど、渡はにべもなく答える。

「ボンボン学生は勉強してな」

なんだよ、その言い方。僕は少なからず気を悪くしたけれど、渡がさっぱりと破顔一笑したので怒り損ねてしまった。

「納得できないなぁ。なあ、僕の夏休みとか冬休みに合わせてくれよ。一緒に行こう」

「やだよ。俺、行きたくなったらその日のうちに国外脱出してやるもん。だいたい恒みたいな箱入りにな、バックパッカーなんてできねえよ」

「渡だってたいして変わらないだろ。そもそも海外行ったことあんのかよ」

「俺の方が社会経験長いからな。そのへんは心配すんな」

僕たちはそのいつになるかわからない旅について冗談まじりの言い合いを続けた。アーケードを抜け街で一・二を争う不味い中華料理屋に入り、ゴムのような焼きそばを食べながら、論議を重ねた。

「絶対、僕がいたほうがいいよ。僕、英語喋れるよ、そこそこ」

「そこそこってあたりが役に立たないよな。いいよ、俺ひとりで行かせろよ」

「僕もそういう旅を若いうちに経験しておきたいんだってば」

「ひとりでやれよ!」

散々大声で言い合い、途中で渡はとうとう僕の同行に渋々ではあるけれど頷いた。僕は言い合いに勝ったことに子どものように喜んだ。

細部に渡っての計画をたてながら、それは夢のように遠かった。

本当は、その旅を渡がひとりで行きたいのだと知っていた。ひとりで行くことに意味がある旅だ。
だからこそ僕は駄々をこねてみたかった。
そして、渡が行きたいのなら、その背中を見送ろうと密かに思っていた。