「ううん、子どもの頃に一度だけ、家族旅行で行ったことがあるんだ」
答えながら、わたしは久しぶりに遠い記憶を掘り起こした。
そうだ、あれはたしか八歳のころ。お父さんの車でN県の田舎町に行ったんだっけ。
今となれば嘘みたいだ。自分たちが家族旅行をするような仲のいい家族だったなんて、最近じゃ信じられないことだから。
別に、父親の借金とか母親の浮気とか、シンコクな問題があるわけじゃない。
だけどクダラナイ家族だ、とわたしは思う。
笑い合うことより、文句を言うこと、相手を否定することに力を注いでいる家族。
――『あなたと結婚したせいで、わたしは――に会えなかったのよ』
ふいに、お母さんの尖った声を思い出し、わたしはそれを頭から追い払った。
「雄大くんはN県行ったことあるの?」
「親戚がいるから、何回かは」
「へー。じゃあスキー得意なんじゃない?」
「いや、別に」
「そうなんだ」
「うん」
会話はそこで終了した。やっぱり続かなかったか……。
しばらく押し黙っていると、美那子が通路のむこうの席から声をかけてきた。
「環。昨日言ったやつ、持ってきてくれた?」
「あ、うん」
見せて~! とせがまれ、わたしはバッグから小さな封筒を出して渡した。何だ何だ? と横から覗きこんだ翼が、
「うおおっ、なつかしいな」
と、封筒の中を見て声をあげる。