「そろそろ帰らなきゃ、宿の人が心配するよ」


そう言って立ち上がったノアから、すっと差し出された手。

そこに自分の手を重ねると、彼の体温が伝わってくる。わたしの体温も、同じように伝わっているだろうか。

つかんだ手を引き上げられ、わたしも立ち上がった。

自分より少し高い位置にある顔を見上げると、彼の瞳に外灯の光がゆらめいている。

ものすごく至近距離に立っていることに気づき、わたしは少し離れた。
なんだろう……耳たぶが熱い。


「タマちゃんってさ」


心地よい夜風の中、歩きながらノアが言う。


「案外、泣き虫だよな」

「な、なんでよ。ノアの前で泣いたの初めてじゃん」

「そっか。そうだね」


微笑む彼と目を合わすのがなぜか恥ずかしくて、わたしは反対側にそっぽを向いた。

空はもうすっかり暗くなり、ノアの髪みたいな金色の月が輝いている。


――今ここに、君がいてくれてよかった。


噛みしめるような気持ちで、そう思った。