「やめて! もういいの!」
どうせ失った過去なんだから。もう、必要ないものなんだから――。
「じゃあなんで、さっきあんなに大事そうに見てたんだよ!」
初めて聞くノアの怒号に、空気がビリッと震えた。
「大切なものなんだろ! 失くしてもいいなんて言うな!」
「……っ」
唇の間から息が漏れて、視界がかすかににじむ。
水の中を駆ける、ざぶざぶという音。別人のように真剣なノアの表情。
なぜ、そんなに必死になるのか。なぜ、わたしのためにここまで。
“なぜ?”
――その疑問の答えは、わからない。わからないけれど、きっと。
彼の世界は、わたしの知らないやさしさで満ちているんだろう。
わたしはぐっと拳を握りしめ、意を決して用水路に飛び込んだ。
ノアが一瞬目を丸くし、それから、やわらかい笑みを目尻に浮かべる。
「タマちゃんはそっちの方を拾って」
「うん」
膝上まで浸かった水は凍てつくように冷たい。けれど、ほとんど気にならなかった。
沸騰しそうなほど熱い血が、わたしの全身を流れていたから……。
***