「あ、飛行機雲」


仰向けになったノアが、空を見てつぶやいた。

わたしたちの真上に広がる鮮やかなブルー。

空が美しいことも、飛行機雲に心躍ることも、最近はすっかり忘れていた気がする。


「嫌なことがあったら、空に向かって大声を出すんだ」


ノアはそう宣言すると、いきなり「あーーーーーーっ!」とお腹からの声で叫んだ。

突然の奇行に唖然とするわたしの方に顔を向け、ニッと白い歯を輝かせる。


「ほら、タマちゃんも」

「えええ。わたしも?」


気恥ずかしさと、勝也さんに怒られるんじゃないかという心配でモジモジしていると、「大丈夫だから」と言われた。

何だか知らないけど本当に大丈夫な気になってきて、わたしは肺いっぱいに空気を吸いこんだ。


「あーーーーーーっ!」


声が空気を震わせて、それはどこへともなく消えてゆく。ちょうど飛行機雲が空に溶けていくように。


「いいね、タマちゃん」


ノアはOKを出すように親指を立てると、さらに特大の声で叫んだ。わたしも負けじと叫んだ。


「王様の耳はロバの耳ーーーっ!」

「タマちゃんのタマは猫のタマーーーっ!」


何だそれは。何なんだ。バカバカしくて、わたしは大笑いしてしまう。