そういえば、今日はお母さんの編み物教室の日だ。お父さんはまだ仕事中だろうし。
ピー、という電子音のあと、わたしは精いっぱいの落ち着いた声で話し始めた。
「えっと、環です。連絡遅くなってごめんなさい。実は携帯が壊れちゃって。でも無事にスキー場に着いてるので、心配しないでください。二十七日に帰ります」
平静を装ったつもりだけど、少し声が震えていたかもしれない。
受話器を置いたとたん、ドッドッドッ、と自分の心臓の音がうるさいくらい聞こえてきた。
しばらくその状態で硬直していると、お風呂から旦那さんが出てきた。
「あ、タマちゃん、家に電話したんだ。お母さんは心配してなかった?」
「はい」
青ざめた笑顔を作り、わたしはまたひとつ、嘘を重ねたのだった。
***
「――今日はどこか行くの?」
実里さんの声で、わたしは我に返った。
食卓にはいつの間にか朝食が並べられ、旦那さんとトモくんが瓜二つの寝ぼけ顔で座っている。
「今日は、適当にブラブラしてみようかなって思ってます」
「そう。でも森には行かないようにね。子どもが行くと危険だから。って、タマちゃんのこと子ども扱いしてるわけじゃないんだけど」
「はい」
例の金髪の彼のことは、内緒にしといた方がよさそうだな、とわたしは判断した。
なにしろ、わたしたちの出会いは森なのだから。
***