「で、何。俺がその死んだ犬に似てるって?」


彼の口元が、心なしかヒクヒクと引きつった。


「うん、似てる。あの子が生き返ったみたい」

「ひどい言われようだな……」

「えー、ほめ言葉なのに」

「ほめ言葉なのかよ」


さすがにワンコに似てると言うのは失礼だったか。

でも、がくりと肩を落とす様子まで叱られたときのあの子に似ていて、わたしはたまらなく懐かしい気分になった。

くすくす笑っていると、彼もつられたように笑顔になり、わたしに尋ねた。


「ねえ、君のこと何て呼べばいい?」

「わたしは、こば――」


小林環、と本名を答えそうになり、途中で止めた。一人旅だと嘘をついている以上、あまり自分の情報を明かしたくないのだ。


「……タマ」


環だから、タマ。これならバレないだろうし、自分でも違和感がなくていい。


「タマちゃんか。タマちゃん。うん、猫だね。ぷぷっ」


あっ、笑いやがったな。そっちだってワンコのくせに。

わたしは少しムッとして、仕返しをしたくなった。


「猫でけっこう。で、そっちのことは何て呼べばいいの?」

「タマちゃんの呼びたい名前でいいよ」

「じゃあ、ノアにする。さっき言った犬の名前なの」

「え」


彼は一瞬フリーズしたけど、すぐにあきらめたような笑みをこぼし、「どうぞ」と言った。



――“タマ”と“ノア”。

お互いの素性も名前すらも明かさずに、わたしたちの関係はこうして始まった。