あんなにも苦手だったお母さんなのに、声を聞いたとたん、なぜか急に心がゆるんで。わたしは、幼い子どものように泣きだした。
「お母、さ……っ」
『環、どこにいるの? 無事なの?』
「うんっ……大、丈夫っ……」
『今どこ? 迎えに行くから言って』
「……森……」
『え?』
「昔、みんなで見た景色を、見たくてっ……」
その言葉だけで伝わるとは思っていなかった。だけどお母さんは、
『N県にいるのね? すぐに行くから待ってて!』
そう言って電話を切った。
耳元からスマホを離し、通話を終えた画面を見つめる。
ディスプレイにはN駅のバス乗り場でつけた傷があり、わたしは七日前のことを、遠い昔のように思い出した。
あのときのわたしは、友達から、家族から、そして大嫌いな自分自身から逃げ出したかった。
毎日が苦しくて、幸せは過去にしかないと思いこみ、この町にやって来た。
だけど。だけど、今は――。
「とうとう帰るんだな」
顔を上げると、いつの間にかそこに勝也さんが立っていた。わたしは「はい」と答え、涙をふいた。