きっと、あのとき……わたしが実里さんたちとお別れするために、ノアから目を離したとき。

チェックアウトを終えて勝也さんの家に戻ると、ノアも勝也さんもいなくて。


――『ごめん。ちょっと、散歩にね』


あのときノアは、のん気な口調でそう言った。でも本当は散歩なんかじゃなく、森に入ってこの手紙を残してくれていたんだ。

自分の命が、もう終わりを迎えようとしていると、わかっていたから……。


「ノア」


鼻の奥がつんとして、目頭が濡れた。コートのそでで目元をごしごし拭い、勢いよく立ち上がる。


「勝也さん、ありがとうございますっ……行ってきます!」


わたしは踵を返すと、迷いのない足取りで前へと進み始めた。


   ***


木々のざわめき。揺れる木もれ日。鳥たちの羽ばたく音。

森の中に、わたしひとりきり。だけど今は怖くなんてない。

何かに突き動かされるような、見えない地図が心にあるような、不思議な自信が湧き上がってくる。