「でも、今はもう逃げたいとは思ってない。だって」


だって――。


「ノアがいるから、わたしはがんばろうって思えるんだ」


瞬間、わたしを抱きしめる彼の力が強くなった。

コートの生地で頬がこすれて、かすかに甘い香りがする。それを胸いっぱいに吸いこんだ。


「東京に戻っても、ノアに会いにくる。これからも一緒にいよう」


やっと、言えた……。
一番伝えたかった言葉。

想いを口にしただけなのに、なぜか涙腺がゆるんでくる。

初めて知った。誰かを心から想う気持ちは、それだけで泣けてしまうものなんだ。


とくとくと、鼓膜を揺らすふたつの心音が重なった、そのとき。


「……ありがとう」


静かな声が降ってきた。


「タマちゃんのおかげで、俺、最高の思い出ができた」


その台詞に、わたしは腕をほどいて彼を見上げる。


「そんな言い方しないで、ノア。これからも一緒に、思い出いっぱい作ろうよ」