「あ、そうだ」
ふいに実里さんが言った。
「名前、訊いてもいい?」
一瞬、きょとんとしてしまったわたし。それからすぐに、「あっ」と気づいた。
そういえば、この民宿に泊まることが決まった日、でたらめの名前を実里さんたちに伝えていたんだっけ。
でも、嘘はもういらない。
本当のわたしをこの人たちに知ってもらいたい、と思った。
「環です。小林 環」
「環ちゃんか。じゃあ、これからもタマちゃんって呼べるね」
「はい……これからも」
これからも、よろしくお願いします――。
旦那さん。実里さん。トモくん。そして、実里さんのお腹にいる赤ちゃん。
この町に逃げてきたわたしが、偶然出逢った温かい人たち。
ここですごした数日間、わたしは数えきれないほどの大切なものをもらった。
じわりと目頭が熱くなり、鼻の奥がつんとする。実里さんたちにバレないよう、小さく鼻をすすった。
「また会いに来ます。絶対に絶対に、会いに来ます」
わたしは笑顔でそう告げて、大好きな人たちに手を振った。
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