実里さんは口をぽかんと開けて、数秒間動かなかった。

それから、ハッと我に返ったように何度かまばたきをし、天板をテーブルの鍋敷きに置いた。


「う、うん。もちろん」

「突然こんなこと言い出して、ごめんなさい」

「あやまらなくていいよ。そんなのタマちゃんの自由だもん。……でも、そっか」


寂しさを隠しきれない笑みが、実里さんの顔に浮かぶ。


「とうとう、帰っちゃうんだね。タマちゃん」

「いえ……もう少しだけ、この町にいます」

「もう少しだけ?」

「はい。やらなきゃいけないことがあるんです」


わたしはまだ大事なことをノアに伝えていない。
彼の体が回復したら真っ先に伝えたい、大事なことを。


「だから、それが終わったら……今度こそ家に帰ります」


小さな声で、けれど力強くそう告げると、実里さんがにこやかに目を細めた。


「がんばってね、タマちゃん」