「わたしの家族は、今のマンションに引っ越したの。それまでは同じ区内の借家で……古くて不便な家だったけど、その頃はみんな仲が良かった」


まだ犬のノアもいた頃だ。両親の笑い声、毎朝のラジオ体操、そして、この森で家族一緒に見た美しい景色。幸せな記憶。


「でも今のとこに住んでから、変わっちゃった。
お父さんはマンションのローンを払うために残業が増えて。お母さんは新しい近所付き合いがうまくいかなくて、愚痴ばっかりこぼすようになって。気づいたときには、両親から聞こえるのはケンカの声ばっかりになってた。

……わたしは前みたいに仲良くしたかったから、お母さんたちに明るく話しかけるようにがんばったの。休みの日はみんなで出かけようって誘ったりもした」


でも、と言葉を続けると、乾いた笑いが一緒にもれた。


「それが、ダメだったみたい。お母さんがわたしのこと、憎たらしそうに見て言ったんだ。今はそんな状況じゃないでしょう、って。あんたはどうして人の気持ちがわからないの、って」