雨宿りの、星たちへ
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─── もしも、未来が見えたなら。



そんな馬鹿げた空想に

想いを馳せた、あの日から。

きみと二人、不確かなものばかりを追いかけた。



ねぇ、きみには、未来はどんな風に映ってる?

どんな風に、見えている?



暗闇の中で伸ばした手を掴んで、

光の射す場所まで歩いて行こう。



きっともう、大丈夫。

きみとなら、大丈夫。

きみと二人、見えない未来を探しに行こう。
 






 まだ見ぬ未来に届く、その日まで。





 








 月曜日の俄雨
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「……失礼しました」



頭を下げる直前に見た空は、澄み渡るような青だった。

その青とは裏腹の、酷く曇った心を連れた私は、" 榊 美雨(さかき みう) " と書かれた進路表を片手に、逃げるように職員室を後にする。


今日は朝から散々だった。

襟足についた寝癖は直らないし、そのせいでいつもの電車には乗り遅れるし、お母さんが作ってくれたお弁当もテーブルの上に忘れてきた。

こういう日は、必ずと言っていいほど嫌なことが続くものだ。

いつもより長く感じる廊下を早足で歩いて、階段を駆け足で上がると、屋上に続く扉を開けた。


「はぁ……もう、最悪」


開いた扉の向こうから、強く風が吹いた。

切れる息。ようやく吐き出した声は、やっぱり心と同じで曇っていて、重苦しくて。

私の足元に、どんよりと大きな影を作った。


 
 


『サカキ、これはどういうことだ。お前、自分の将来のことなんだぞ?』


朝、学校に着くなり担任の先生に言われた言葉。

眉間にシワを寄せた先生の手には、私が今握り締めている、私の進路表があった。


『白紙で出したのは、クラスでお前だけだったぞ。空欄を埋めて、来週の月曜日に必ず提出しなおしなさい!』


昼休みに職員室に来るように言われ、いざ行ってみれば頭が痛くなるくらいに懇々と怒られた末に進路表を突き返された。

偶然居合わせた生徒には興味本位で見られて、居心地悪いったらなかったし……

先生は、そんなことはお構いなしで、途中から普段の生活態度に対する話にまで、お説教を発展させた。


 
 


「……わからないものはわからないんだから、しょうがないじゃん」



ぽつり、と。

朝露が落ちるように言葉を零した私は、ゆっくりと歩を進めて、屋上を囲む手すりに腕を乗せた。

11月の風は冷たく頬を撫で、ちょうど肩に届くほどの長さの髪を、後ろへ引くように何度も、揺らす。

制服のスカートの裾が棚引いて、まるで、風がこの場所から私を追い出そうとしているみたい。

たった、それだけのこと。だけど今の私には、それだけのことが苦しくて、柄にもなく無償に泣きたくなって、そのまま腕に顔を伏せた。



「……自分の未来が、見えたらいいのに」



零れた言葉は涙の代わり。

そんなこと、絶対に無理だとわかっているけれど。

瞼の裏に映る世界は、いつだって暗闇だから、時々、無性にそんなことを願うんだ。

もしも未来が見えたなら、どんなに楽だろう。

きっと進路表一枚で悩むこともない。

自分の将来に悩んで、担任の先生に怒られて。

11月の寒空の下……こんな風に、打ちひしがれることも、きっと、ない。



「─── 未来、知りたいの?」

「……っ!!」

「どうしても知りたいなら、教えてあげてもいいよ」


 
 


だけど、足元さえ見えず、瞼の裏に世界を閉じ込めた私に、突然そんな声が聞こえた。

弾かれたように後ろへ振り向けば、いつからそこにいたのか……扉の前に、一人の男の子が立っている。



「きみの未来、俺には見える」



その声は、とても鮮明に、心を揺らす。



「ねぇ、聞いてる?」



風が吹くたびに、ふわふわと揺れる黒髪。

背は……私よりも頭一つ分高いくらい。

迷いなく、真っ直ぐに向けられた切れ長の目は彼の清廉さを際立たせ、一度捕らえられてしまえば目を逸らすことは叶わなかった。

凛とした空気の中で、彼が纏う空気だけが曖昧で。確かにそこにいるのに、そこにいないような印象を与える、とても不思議な人だと思った。

理由は、たった今投げられた彼の言葉の意味が、よく理解できないせいなのか……

それとも、彼自身が、そう思わせる何かを持っているからなのか。