どうしたのかとわたしも前方を見て、すぐに理由がわかった。
10メートルほど先で、一台の高級車が道路をふさぐように止まっているのだ。
「トラブルでもあったのかな。ちょっと見てくるよ」
凪さんが車を路肩に停め、エンジンを切って出て行く。雨に濡れるのも気にせず人助けに走るなんて、本当に根っからの親切な人だ。
蒼ちゃんとふたりきりになった車内は急に沈黙に包まれた。
少しでも彼の不安をやわらげようと、わたしは当たり障りのない話題を探した。
「凪さん、傘ささなくて大丈夫かな」
「んー、まあ大丈夫だろ。あの人が風邪ひいてるの見たことないし」
「あはは、そうなん――」
――コンコン、と突然響いたノックの音。わたしたちは会話を切り、音のした運転席の窓を同時に見る。
瞬間、鳥肌に似た戦慄が背筋を貫いた。
黒い傘を差した女性が、のぞきこむように立っている……見覚えのあるその顔に、呼吸も心臓も本気で止まるかと思った。
「あ……」
とっさに声が出てこない。
蒼ちゃんがわたしの腕をつかんで車外に出ようとするのと、凪さんが異変に気づいて走ってくるのと、女が運転席に乗りこむのが、ほぼ同時だった。
「お久しぶり」
不敵な笑みでそう告げながらエンジンをかけたのは、福田のぶえ。
蒼ちゃんの父親――萩尾さんの秘書だった。