けれど、ただひとつだけ。


『……ホタル』


記憶の中で名前を呼ぶあの声だけが、僕をいまだにこの世界に留まらせている。

ゆらゆら。波に漂いながら、ゆっくりと沈んでいく意識。

泡沫のように浮かんでは消える無数の思い出は、全部があいつだった――。






『お前、名前は?』


どうしてあんな女に関わってしまったのだろう。
蒼の母親の手紙さえ取り返せば、それで用は済んだはずなのに。


『真緒。……あんたは?』

『僕は、ホタル』


何の力もないくせに、蒼を守ろうと必死になるあいつの瞳が気にくわなくて。

なかば脅迫のような形で、あいつに秘密を共有させたのがすべての始まりだった。