でも、この町でもあいつは水泳に戻る気配がなかったし、どことなく様子がおかしかった。時々、何かにひどく怯えているようで、それを周囲に悟られないよう必死に笑っていて。
だから夏祭りの次の日、何か隠してることはないかって、しぶとくあいつに問い詰めたんだ」
凪さんはそこで言葉を切り、ふっとやわらかく息を吐いた。
「全部聞いたよ。ホタルのこと。今まで苦しかったね、蒼も、真緒ちゃんも」
「……っ」
ふいうちでやさしい言葉をかけられて、涙腺がゆるみそうになる。
でも、泣いちゃいけない。泣く資格なんかない。わたしは唇を噛み、首を横に振った。
「一番苦しかったのは、きっとホタルです。
わたし、彼に言われたんです。出逢わなきゃよかったって。ふたりの思い出も、全部いらなかったって……」
「きっとホタルは真緒ちゃんに出逢って、初めて普通の人間のような経験をしたんだ。復讐だけを目的に生きてきたのに、それ以外の感情を知ってしまった。
だからこそ苦しかったんじゃないかな」