号令と同時に背中を叩かれた。

わけもわからないまま走り出したわたしと逆方向に、ホタルが踵を返して駆け出していく。

地下通路にけたたましく反響する足音。前方に曲がり角が現れ、その先に階段と地上の光が見えた。


「――うああっ」


男の呻き声が聞こえたのは、階段を数歩上がったときだった。

とっさに足を止めたわたしは後方をふり返った。


「離せっ」


ホタルの声じゃない。誰かいるんだ。だけど曲がり角に阻まれて状況が見えない。


『3秒数えたら走って逃げろ』


さっきホタルはそう言った。つまり、何らかの危険を察知してわたしを逃がしたということで。

――嫌だ、そんなの! 彼だけを残して逃げるなんて絶対できない!

わたしは階段を駆け下りた。


「ホタル!!」


曲がり角のむこうの光景を見て息が止まりそうになった。

20代くらいの見知らぬ男とホタルが地べたで揉み合っている。

仰向けに倒れた相手にホタルが馬乗りになるような形だ。

シャツの首元を締め上げるようにつかまれた男が、苦しそうに呻きを漏らした。