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“ありがとう”


彼女が俺に伝えようとしている言葉は、意外にもすんなりと【聞こえた】気がした。


と、いうのも目の前の彼女─── 平塚 栞は、所謂(いわゆる)【失声症】というやつで、声を出すことができないらしい。


今朝、俺の言葉に一言も声を返さない彼女に、俺は違和感を覚えたのだけれど。


その答えはたった今彼女に返したそれ。“生徒手帳”が、教えてくれた。


偶然見つけた、ドッグイヤー。


興味本位で開くと、そこには彼女のものであろう綺麗な字で、こうハッキリと書かれていた。



【私は失声症です。声は出ませんが、耳は聞こえます。】



その言葉で、全てのことに納得がいった。


真面目そうな彼女が、今朝の出来事で一言も声を発さなかったこと。


去り際に、口パクで、俺に“何か”を伝えたこと。


貰ったら貰いっぱなしで使う機会も滅多にない生徒手帳が、どこか使い込まれている感のあること。


そして、その一つ一つの“点”が“線”となって繋がった時───



俺はどうしても、もう一度。

彼女に、会いたくなった。