たとえ声にならなくても、君への想いを叫ぶ。

 


声も、初対面だというのに、どこか心地良さを感じる艶(つや)のようなものがあり、聞いているだけでなんだか安心感に包まれる。


更に、まじまじと見てみれば、彼はとても綺麗な顔をしていて、背も私よりも随分高い。


スッ、と通った鼻筋に、切れ長の目、薄い唇。


全てのパーツが絶妙なバランスで保たれたその顔に彼の持つ雰囲気も相まって、大袈裟な表現かもしれないけれど、なんだか芸術品を思わせた。


全然、気が付かなかった、けど……なんか、すごくカッコいい人に、助けられてたんだ……



「まぁでも、とりあえず。もしかしたら、常習犯かもしれないし、駅員には特徴とか顔とか報告はしておく。あと、見掛けたけど捕まえられなかった、ってことも」


「……!」


「キミは……思い出したくもないだろうし、俺だけで報告行ってくる感じでいい?」



彼の問いに一瞬迷ってから頷けば、彼はその整った顔で優しく微笑み返してくれた。


 
 


とても綺麗な容姿を持った彼。


そんな彼は、どうやら温かな心も兼ね備えているらしい。



「まぁでも、次からは本当に気を付けてね。難しいかもしれないけど、なるべく女の人の近くにいた方がいいかも」



だけど、淡々とそう言う彼の言葉を聞きながら、ふと一つの疑問が頭を過ぎる。



(あの時、痴漢を捕まえようと思えば出来たんじゃないのかな……?)



言葉にして尋ねたかったけれどそれは出来ないし、あの時私はパニックで状況もイマイチ把握できなかったし……


それに、本当に取り逃がしてしまったのかもしれないし。


助けてもらったくせに、そんなことを尋ねるのは失礼だし、それを思うことさえ申し訳のないことだ。


というか、私一人だったら駅員さんに報告に行く、なんてことさえ思いつかないで、ただただそのまま泣き寝入りだったなぁ……



と。

そんなことまで考えて、私はふとホームの電光掲示板に映された時間に目を見張った。


 
 


「じゃあ、俺はこれで─── 」


(じ、時間……!!!)


「え?」


(図書室開けないと……!!初日から遅刻なんて、言い訳できない……!!)



慌てて辺りを見渡せば、私が乗ってきた電車から降りてきた人達は、もうすっかりいなくなっていて、一体どれくらい彼を引き止めてしまっていたのだろうと、今更思う。




(ご迷惑、お掛けしました……!本当にありがとうございました……!)


「ちょっ……、キミ……!!」



伝わるはずもないと思いながらも、精一杯の口パクでそう告げると、私は慌ててお辞儀をして駆け出した。


そんな私を引き止める彼の声が遥か後方で聞こえた気がしたけれど。


私はそのあと、一度も振り返ることなく駅の改札を通り抜けた。



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『Lilac(ライラック)』

 純潔・初恋

 
 





「なぁなぁ、今日提出の進路表、なんて書いた!?」



男子校特有の騒がしさに包まれる教室で、俺の机に両手を着きながらそう問い掛けてくるのは親友の一人、玉置(たまき)、通称“タマ”だ。



「そういうタマは、なんて書いたんだよ?」



そして、前の席に座りながらタマに質問を返すのは、もう一人の親友、“アキ”。


話題は今日提出予定の、進路表について。


高校3年生、所謂(いわゆる)受験生と呼ばれる年を迎えた俺達にとっては、自分の進路を明確に示すための大事な一枚ではあるのだけれど。



「えー、俺?俺はねぇ、第一志望が野球選手でー。第二志望がサッカー選手、第三志望は“予定は未定”って書いといた!!」


「……タマ、それ、多分担任のハゲ下に殴られるよ」


「えー、なんで!?真面目にそう思ってんだから、怒られる理由なくね!?」


「いやいやいや……大体にしてタマ、野球部でもないし、サッカー部でもないじゃん。二つとも、スカウトとかそういうのをされる環境にいるのがまずは必要だと思うけど……」


「マジかよー!!なんで、そんな夢のないことばっかり言うわけ!?今からスカウトとか来ねぇのかな!?」


「来るわけないだろ、バカ!!っていうか、進路表だぞ、真面目に考えろよ!自分の将来のことだぞ!?」


 
 


「チェーッ……。わかったよー、しょーがないなぁ……」



何故かふてくされるタマに、アキは丁寧に進路表を返した。


……こうして客観的に見てみると、酷く対照的な二人だと思う。


タマは不真面目でバカだし、アキは真面目すぎるくらいに真面目で融通の利かない奴。


俺がこの二人と出逢ったのは高校に入学してからだけど、二人は幼馴染みだから二人にしかわからない絆や関係もあるんだろうけど。



「樹生(いつき)は!?樹生は、なんて書いたんだよ!?」



興味津々、といった様子で身を乗り出すタマへ、スマホへと落とした視線はそのままに俺は無言で進路表を差し出した。


これを見て、言われる言葉も大体想像がつくけれど。



「う、わっ。見事に私大の医学部オンリー……」


「どこも超ネームバリューがあって、超授業料高そう!!」


「まぁ……、授業料とかは俺には関係ないことだし。医者になれれば、俺は正直どこでもいいんだけどね」


「マジかよ!!進路表も嫌味だらけなら、発言も嫌味だらけなんですけど!!」


「……そういうこと言うと、次のテスト助けないよ?」


「ウソです!!すんません!!超素敵な進路表に、超素敵な考え方をお持ちですね、イツキ様!!!」


 
 


お調子者よろしく、そう言って素早く手のひらを返すタマを横目に、俺は持っていたスマホを制服のポケットへとしまった。



(……ちょっと、あからさまな言い方過ぎたかな)



思わずそんな風に反省したのは、騒がしいタマとは対照的に、目の前の真面目なお人好しが俺へと不安気な眼差しを向けていたから。



「樹生、あの……」

「アキは?」


「え、」


「アキは、進路表なんて書いたの?」



言葉を投げられるより先に質問をぶつけた。


そうすれば、アキは慌てた様子で律儀にファイルにしまわれた進路表を取り出した。


……こういう時は、アキのこんな真面目さに救われる。



「うわっ。アッキーもちゃんと書いてあるし!!」


「あー…うん。俺はさ、一応……スポーツ医学を学べる学校がいいかな、って思ってて。リハビリとか、トレーニングとか。そういう観点から、スポーツに関わっていけたらなー…って」


 
 


照れくさそうに夢を語るアキの進路表は、その言葉通り、未来をしっかりと見据えた内容で埋まっていた。



「アキらしくて、いいんじゃない?」


「……ホントに、そう思う?」


「思うよ」


「……そっか。……ありがとう」



俺の言葉に素直に安堵の表情を見せるアキを見て……ほんの少し、羨ましいと思ってしまうのは、俺とアキの、将来への考え方に大きな違いがあるからだろうか。


真っ直ぐに自分の将来を見つめているアキ。


その反面、捻じ曲がった理由と考え方で、将来を見つめている自分。



「マジかよー!!じゃあ、進路表ちゃんとしてないの、おれだけじゃん!!」


「まぁ、こればっかりはカンニングできないからね」


「ドンマイ、タマ」


「神様、ギブミー、スペシャルマイテクニック!!!」



……まぁでも、こんな感じのタマよりはマシだけど。


 
 


* * *




「あ、そういえばさ。隣のクラスのサッカー部の奴が、朝、樹生と可愛い女の子が駅で話してるの見たって」



それは、進路の話が一段落したところで、不意打ち気味に放り込まれた話題だった。


アキの言葉に、今朝の出来事が頭を過ぎる。



「なんかそいつには、二人は手を繋いで電車降りてきたから、樹生、付き合ってんの?って聞かれたけど……」


「……ああー、ね」


「え!!まさか、また新しい女か!?怪しいオトモダチですか!?」


「いや?別にそういうんじゃないけど」


「普通に、友達の子?」


「んー、友達……でもないね、とりあえず」


「じゃあなんだよ、教えろよー!!!彼女持ちのアッキーに続いて、まさか樹生までリア充になるなんて許さねぇからな!!」


「あのなぁ……」


 
 


煮え切らない俺の様子に、ギャアギャアと騒ぎ出したタマを前に曖昧な返事をしたのは、まさか朝のあの出来事を目撃されていたと思わなくて、柄にもなく少し動揺したからだ。


付き合ってんの?とか言われて、アレがそんな風に見えるのかと半ば呆れもあるけれど。


まぁ、場所が場所。高校の最寄り駅だったし、誰かに見られていたっておかしくない。


女の子という生き物に、飢えに飢えまくっている男子校の奴らが、そんな些細な出来事さえも見逃さないのは、この3年間で身に染みるくらいにはわかっていた。


誰かに彼女が出来れば、その彼女の友達を紹介しろ!!と騒ぐのは、男子校のお決まりだ。


アキだって、彼女が出来たばかりの頃は周りにしつこく頼み込まれていた。



(……どっちにしろ、面倒くさいとこ見られたな)



変な誤解が噂になって広がって、この二人以外からの、野次馬的な質問攻めに合うのはゴメンだ。


大体にして、ただ駅で話していただけなのに。


手を繋いでた……って、転びそうになったあの子の腕を、咄嗟に掴んだだけだ。


まぁ多分、あの子の着ていた制服が、駅向こうにある“可愛い子が多い”と話題になってる高校の制服だったから、そのサッカー部の奴も目敏く食いついたんだろう。


……それか、前々からあの子を見かけて気になってたか。