私はまた、あのよくわからないあせりが、じわじわと湧いてきたのを感じていた。

私の知らないところで、知らない喋りかたをする、知らない林太郎が存在してたことが、許せないのか。

林太郎が、思っていた以上に男の子だったことを目の当たりにして、ショックなのか。


智弥子がちらりと、意味ありげに微笑んだ。

目をそらしたら、窓の外で、数羽のカラスが騒いでいるのが見えた。


予想どおり、伸二さんが電線の上にふっと姿を現す。

二階のこの場所からは、目線が同じ高さになる。

伸二さんは電線の蔦よけに腰をおろし、優雅に足を組んで、にこにことこちらを観察しはじめた。


そんなふうに見られると、自分が仕切られた舞台で、必死に踊ってる人形みたいに思える。

まるで窓の向こうこそが、本当の世界みたいに。


ふいに、自分がそのどっちにも入れない、宙に浮いた存在に感じた。

恥ずかしそうな林太郎と、はしゃぐ智弥子と、気持ちのいい笑顔の遠藤くん。

あっち側の伸二さん。

そのどちらもが、幕が張ったように、遠い。


薄いベールの向こうで、伸二さんが私に微笑みかけた。

黒い瞳と髪の表面を、さっと虹色の帯が走った。


じわじわ、じわじわ。

時間だけが過ぎてく。





「八百屋さん寄っていい?」

「もちろんやって、手伝うで」

「じゃあ、梅とホワイトリカーと氷砂糖買うから、よろしく」



たぶん全部で8㎏くらい、と計算したら、頑張る、と小さな返事が来た。



「バス通学とか、いいよねえ、涼しそう」

「ほやねえ」



車通りのない道に入ったところで、林太郎の自転車が並ぶ。



「でも僕、チャリも好きやよ、気持ちいいが」



私も、と言う代わりに、うなずいた。

気の向くまま、どこにだって寄れるし、来るのを待つ必要もないしね。