雪夜くんは言葉を失ったように唇を噛み、それから深くうなだれた。

しばらく俯いていたけれど、ぽつりと口が開かれる。


「……お前が神と取り引きして俺を助けたのは、正直むかついた。命をとられたらどうするつもりだったんだって。でも、結果的には良かった、って思ったんだ」

「どういうこと?」

「お前は神に記憶を差し出したから。俺のことを忘れるなら、それが一番いいって思った」


雪夜くんの薄い唇に、笑みが滲んだ。

それが心からの笑みだとわかって、私はどうしようもなく苦しくなる。


「俺のことなんか忘れて、お前はお前の世界で幸せに生きていけるから、良かったって。神に感謝したよ」


また、そんな悲しいことを言う。


「お前が眠ってるうちに家に連れて帰って、お前の父親に会った。美冬と俺は無関係な人間になったからもう二度と会わないって伝えた。お前の父親は心からほっとした顔をしてたよ。だから、ああこれで良かったんだって俺は安心した」


……ねえ、どうして分かってくれないの?

私が雪夜くんのことを忘れて、本当に幸せになんかなれると思ったの?


「だからさ……」


伝わらない悔しさに歯噛みしている私に、雪夜くんは寂しそうな笑みを向ける。


「お前、もう一度、忘れろ。俺とのことは全部忘れろ。そして、もう二度と思い出すな。俺とお前は、ただのクラスメイトだ」


私はふるふると首を横に振った。


忘れるなんて、嫌だ。できない。

雪夜くんと過ごした日々は、私の宝物だから。