白鍵盤と黒鍵盤に軽く触れながらゆらゆらとさまよっていた右手の指が、なんとなく最初に押さえたのは、ソのシャープ。
次に、ドのシャープ。そしてミ。
その三つの音を、繰り返して弾く。
私の今の気持ちにふさわしい、暗く沈んだ音階。
ベートーヴェンのピアノソナタ、『月光』。
たしか、おととしの今頃に練習して覚えた曲だ。
とても悲しくて切ないけれど、泣きたいくらいに美しい曲。
目を閉じると、瞼の裏に浮かぶイメージがある。
ひと気のない小さな教会と、古びた十字架。
そして、あたりを仄青く照らし出す、清らかな月の光。
そういうイメージの、悲しくて美しい曲だ。
弾き終えて瞼を上げ、写真立ての中のお母さんをじっと見つめる。
「……今日ね、ショックなことがあったの」
ぽつりとつぶやく。
もちろんお母さんは何も答えてはくれないけれど、話すだけでも気が紛れることもある。
「うちのクラスに不登校の子がいるって言ったでしょ? 私の隣の席の子。その子がね、今日はじめて学校に来たんだ」
ふわっと風が吹いて、頬のあたりをかすめていく。
春風はとても優しい。
次に、ドのシャープ。そしてミ。
その三つの音を、繰り返して弾く。
私の今の気持ちにふさわしい、暗く沈んだ音階。
ベートーヴェンのピアノソナタ、『月光』。
たしか、おととしの今頃に練習して覚えた曲だ。
とても悲しくて切ないけれど、泣きたいくらいに美しい曲。
目を閉じると、瞼の裏に浮かぶイメージがある。
ひと気のない小さな教会と、古びた十字架。
そして、あたりを仄青く照らし出す、清らかな月の光。
そういうイメージの、悲しくて美しい曲だ。
弾き終えて瞼を上げ、写真立ての中のお母さんをじっと見つめる。
「……今日ね、ショックなことがあったの」
ぽつりとつぶやく。
もちろんお母さんは何も答えてはくれないけれど、話すだけでも気が紛れることもある。
「うちのクラスに不登校の子がいるって言ったでしょ? 私の隣の席の子。その子がね、今日はじめて学校に来たんだ」
ふわっと風が吹いて、頬のあたりをかすめていく。
春風はとても優しい。