「……あれ以来、海は苦手だな。情けないけど、海を見ると怖くて怖くて、吐きそうになるんだ」


他人事のように淡々と言う雪夜くんが、今にも糸の切れそうな危うい存在に思えて、私は思わずその頬に手を触れた。

少しでも彼の苦しみを分けてほしくて、包み込むように触れた。


でも、雪夜くんは全身を硬くして、私の腕を払った。


「俺には、お前に優しくされる資格はない」


そんなことない、そんなふうに言わないで……そう言おうとした瞬間、教会の屋根がみしみしと軋む音が聞こえた。


驚いて見上げたときにはもう、雪の重みでひしゃげた天井には大きなひびが入り、今にも崩れ落ちようとしているところだった。


頭よりも先に身体が動いて、私は雪夜くんに抱きついて、その勢いで床に倒れこんだ。

直後に、ばらばらになった屋根の残骸と大量の雪が落ちてきた。


背中に焼けるような熱が走って、それから気の遠くなりそうな痛みを感じて、私の意識は急速に薄れていった。


ああ、私、死ぬんだ。

そう思った。


かまわなかった。

雪夜くんが助かったのなら、それでいいと思った。


今までずっと悩み苦しみながら生きてきた、優しすぎる君が、これからは幸せに生きていけますように。


そう願いながら、私は雪に埋もれて目を閉じた。

あのとき、私は死んだはずだった。