死というものを理解しないうちに死に別れてしまったので、お母さんがいないことがむしろ普通の状態という気がする。


ピアノの上に置いてある一枚の写真の中から、穏やかに私たちを見守ってくれている人。

それが私にとっての『お母さん』だ。


お母さんがいなくても、寡黙だけど優しいお父さんと、元気で明るい妹の佐絵がいるから、私は毎日を楽しく幸せに暮らしている。


でも、ときどき、つらいことや悲しいこと、嫌なことがおそってくる日もある。

たとえば、今日みたいに。


学校であったことを思い出すと、ちくりと胸に刺さるものを感じた。


それを忘れるように深く息を吸い込んで、鍵盤の上に指を置く。

ひやりとした感覚で、頭に昇った血がすっと降りていく。


なにを弾こうか。

小さい頃から近所のピアノ教室に通っていたけれど、去年、高校受験のためにやめてしまったので、いま練習している曲はない。


でも、逆に言えば、好きな曲を好きなだけ弾けるということだ。

その時の気分に合わせて、思いついた曲を気ままに弾けばいい。


だから、私は今のピアノとの向き合い方を気に入っていた。