無意識のうちに私は立ち上がり、玄関に向かっていた。


外へ飛び出そうとした瞬間、背後から「美冬!」と呼び止められた。

お父さんが私の腕をつかんだ。


「どこに行くんだ。彼のところか?」

「………」

「……やめなさい。もう、会うべきじゃない。分かるだろう?」


首を横に振ったけれど、言葉は出なかった。


「美冬にとっても、彼にとっても、良くない。……お前たちが一緒にいることは、不幸でしかない」

「そんな……でも、でも……」


必死に否定しようとする私に、お父さんが今度は懇願するような面持ちで言った。


「頼むよ、美冬……。分かってくれ。父さんは、母さんを死なせた男を許せないんだ」


胸が抉られるようだった。

お父さんは、泣いていた。


「自分でもなんて器が小さいんだと呆れるが、でもおれは、美佐子を殺した男を、おれたち家族の幸せを奪った男を、どうしても憎まずにはいられなかった。故意じゃないと分かっていても、今までずっと憎んで憎んで、できることなら殺してやりたいとまで思っていた」


……もうやめて。聞きたくない。


「馬鹿な父さんを許してくれ、美冬……。こればかりはどうしても耐えられないんだ。母さんが生んでくれたお前が、母さんを殺した男の息子と……。ごめんな、そんなことには耐えられないよ……」


悲痛な呻き声を洩らすお父さんの震える肩を、私はただ見つめていることしかできなかった。