その人の話は難しくて、幼い私にはほとんど理解できなかったけれど、お父さんとお母さんがとても仲が良いことは幼心にも分かっていた。

家の中ではいつも寄り添っていて、出かけるときはいつも手を繋いで歩いていたし、お父さんがお母さんを見つめる顔は本当に優しくて愛おしげだった。


『子供が大きくなったら、老後は夫婦で色んなところに旅行したい、気が早いけど今のうちから二人で行き先を相談してるんだって、本当に幸せそうに話してたのに……。なんで、なんでこんなことに……』


お父さんの親友はそう言って、悔し涙を流しながら拳を震わせていた。


葬式の日のことをぼんやりと考えていたとき、私はあることを思い出した。

絶望と悲しみに打ちひしがれる私たち親族のもとに、事故を起こした運転手の奥さんが謝罪に来たのだ。


彼女は斎場の床に額をこすりつけて、何度も何度も土下座をしていた。

でも、うちの親戚は冷たい視線を送るだけだった。

お父さんは彼女の顔も見ずに「帰ってくれ」と言った。

それでも奥さんは土下座しながら「すみません、お許しください」と謝罪しつづけていた。

そのときお父さんが唐突に叫んだ。


「帰れ! 人殺しの家族の顔なんか、見たくもない!」


その言葉と剣幕が恐ろしくて、私と佐絵は抱き合って泣いた。


泣きながら周りを見ていて、あることに気がついた。

土下座をしている奥さんの横に、震えて縮こまっている男の子の姿があることに。


男の子も泣いていた。

私よりもずっと悲しそうに、苦しそうに。