居ても立ってもいられなかった。


私は無意識のうちに席を立ち、彼だけを見つめて走り、いつの間にか、ステージの前にできた人だかりの最前列に躍り出ていた。


すぐ目の前に、軽く目を閉じてかすかに微笑みながら歌い、愛おしそうにギターを弾く雪夜くんの姿がある。


雪夜くん、と呼んだ。

ギターやベースやドラムの音にかき消されて、囁いた私の声なんて、ステージまで届くわけがない。


でも彼は、伏せていた顔をはっとしたように上げた。

そしてその目は泳ぐこともなく、まっすぐに私のもとへと向けられた。


視線が絡み合う。

雪夜くんの目が大きく見開かれた。


歌が止まる。

ギターの音も聞こえなくなる。


ぽろ、と雪夜くんの右手から何かが落ちて、ころりと転がり、ステージから落ちた。

白い三角形、ギターのピックだ。


私はポケットの中の財布を取り出し、涙の雫の形をしたそれを指でつまみあげる。

まっすぐに雪夜くんに差し出すと、それを見た彼は、ひどく悲しそうな顔をした。


雪夜くんの隣に立っていた山内くんが、どうした? というように彼を覗きこむ。

雪夜くんは口の中でごめん、と呟いて、私が差し出した掌から、指先でピックをそっと拾い上げた。

私の目を見ずに。


それから彼は、私が渡したピックで再びギターを弾き始め、歌に戻った。

私の存在を忘れたかのように、一度も私を見ずに。