そして――雪夜くんがふいに腕を動かして、叫ぶようなギターの音が迸った。


その瞬間、どくん、と全身が激しく脈うつ。

自分の心臓の音で、周りの歓声も彼らの演奏も、何も聞こえなくなった。


ただひとつ、雪夜くんのギターの音だけが私の耳に響く。


は、と息を洩らしてから、呼吸を忘れていたことに気がついた。


でも、次の瞬間にはまた、全てを忘れてしまった。

雪夜くんが口を開いて、歌い始めた瞬間に、私の周りにあった全てが消え失せた。


並べられたパイプ椅子も、たくさんの観客も、体育館の壁も天井も、ステージもバンドも、何もかも見えなくなって。

真っ白な空間の中に、私と雪夜くんと、彼の奏でる激情のような音と、優しい歌声だけが、そこに在った。



――知ってる、

と思った。


私は、知っている。


彼の歌を。

彼の音を。


知っている。


……ちがう。

知っていた。


ずっと前から、知っていた。


いつか、どこかで、聴いたことがある。

絶対に、知っていた。


たった今まで忘れていたけれど、私は彼を知っていた。

なぜなのか思い出せないけれど、私は彼を知っていた。


だって、こんなにも――彼の歌と音は、私の心をどうしようもなく揺さぶって、きつくつかんで、離さない。


私の耳を、頭を、胸を満たす、懐かしい声と音。

その中で、私は小さく、雪夜くん、と呟いた。


この唇の感覚を、やっぱり私は、ずっと前から知っていたはずだった。