「この十字架の神様は、本当の心からの願いなら一つだけ叶えてくれるけど」


嵐くんの声が教会の中に妙に響いた。


「その代わりに、何か大切なものを差し出さないといけない、とか言ってたな」


それを聞いて梨花ちゃんが顔をしかめる。


「代わりに何かを差し出す? 何よそれ、お供え物しなきゃいけないってこと?」

「分かんないけど、多分そういうことかな」

「ええー、やっぱりなーんかけちくさいなあ」

「でも、神社で願いごとするときも、賽銭入れるじゃないか。それと同じだろ。神棚にも御神酒とかお供えするし」

「……まあ、それもそうだね、確かに」


梨花ちゃんが納得したようにうなずいてから、「でも」と十字架を見上げた。


「叶えてやるから代わりに何か大切なものを差し出せ、なんて、やっぱりけちくさいし、それに、なんかちょっと怖いな……」


つられて私も見上げると、十字架の先端がきらりと光った。


「――当然だよ」


ふいに響いた声は、雪夜くんのものだった。

振り向くと、彼の静かな視線はまっすぐに十字架に注がれていた。


「本当の願いっていうのは――たとえ何と引き換えになっても、どんなに大切なものを失っても」


陽射しを受けた細かな埃が、雪のようにちらちらと舞い落ちてくる。


「どうしても、何としても叶えたい願い、ってことだろ……」


雪夜くんの言葉は、誰に向けられたものでもなかったので、誰も何も答えられなくて、教会の中には耳が痛いほどの沈黙だけが流れた。