おばあちゃんの家は、それからすぐに着いた。
平屋の、一人暮らしには広すぎる印象のある年季の入った家。玄関の扉からは光が漏れていた。
チャイムを鳴らすと、インターホンに出ることなくおばあちゃんが家の中を走る足音が響いてきて、ドアが勢いよく開く。
「……茉莉ちゃん!」
「ごめんね、おばあちゃん……」
連絡を入れてからも、ずっと心配してくれていたのだろう。
少し赤い瞳に、心からホッとしたような笑顔で私を力いっぱい抱きしめてくれた。
私の服が濡れているのも気にせず、強く、強く。
こんなふうに誰かの温もりを与えられたのは、いつが最後だっただろうかと思いながら「ごめんね」ともう一度告げておばあちゃんの背に手を回した。
「さあ! 取り敢えずお風呂に入んなさい! 沸かしておいたから」
ずず、と鼻をすすってから、おばあちゃんが私に明るい顔を見せてくれた。「うん」と返事をすると、取り敢えずタオルを持ってくると言って、またバタバタと大きな足音を立てて家の中に入っていく。
「お邪魔します」
「どーぞ。遠慮しないでいいから、今日はゆっくり休んでね。お風呂はどっちが先に入る?」
礼儀正しく頭を下げて家の中に壱くんが入っていく。タオルを手にしたおばあちゃんはニコニコと笑って彼にタオルを手渡した。
電話で友達の男の子もいると言ったから、用意してくれていたんだろう。
「先、入っていいよ。私先に着替えて待ってるし」
「じゃあ、悪い」
おばあちゃんにお風呂を案内されて家の中に入っていく彼の背中を見つめながら、玄関で拭けるだけ拭いて、靴下も脱いでから私も上がる。ついでに黒猫の脚も軽く拭いてあげた。
「おばあちゃんにはきみの声、聴こえるのかな」
「どうだろうね。興味ないなあ」
相変わらずの返事に、「取り敢えず仲間はいっぱいいるよ」と言ってい奥の和室に向かっていく。私のお気に入りの場所。きっと今日はこたつも出ているだろう。
ギシギシ、と歩く度に床が鳴る。猫はその床の上を、カツンカツンと音を鳴らしながら歩いて行く。爪がちょっと長いのかもしれない。でも、その音は懐かしく感じた。
壱くんは気を使ったらしく、すぐにお風呂を上がってきて次に私が入る。芯まで冷え切った身体がじわじわと溶かされて、今までずっと身体に力を入れていたんだと気づいた。ギシギシの身体をほぐすと、徐々に肩肘張っていた気持ちもほぐれていった。
なんだか、不思議な一日だった。
不思議な黒猫と出会って、壱くんとこうして話をして、一日中一緒にいて、ケンカしたり泣いたりして、一緒の家の中にいる。逃げ出した私はは、今日で弱くなったのか、強くなったのか、どっちだろう。