胡蝶は虫籠に視線を戻し、髪をさっと耳にかける。


それを見て、大納言と北の方はがっくりと項垂れた。


髪を耳にかける行為は『耳はさみ』と呼ばれ、身分の低い卑しい女がする下品な仕草とされているのだ。



しかも胡蝶はそれだけにとどまらず、毛虫を数匹、虫籠からすくいあげて手のひらにのせ、鼻先まで近づけて、うっとりと見つめはじめた。


父母はもはや言葉もない。



「………ねえ、お父さま、お母さま。私、思うんだけどね」



胡蝶は毛虫たちをそっと指先でつつきながら、絶望的な表情を浮かべている両親に向かって語りかけた。




「蝶や花ばかりを愛でるっていうのは、あまりにも短絡的じゃないかしら。

ああいうものは、世間的に可愛らしいとかきれいだとか言われているだけよね。

本当に自分の目で見て自分の頭で考えて、愛すべきものだと思って愛している人って、どれくらいいると思う?」




今度は何を言い出したのか、と父母はぽかんと口を開いた。



「みんなね、物事の本質ってものをしっかりと見極めるべきだってこと、忘れてると思うの。

だって、みんなが可愛い、きれいって褒めそやす蝶は、もともとは、みんなが不気味だ、恐ろしいって嫌っている毛虫なのよ」