そのとき、胡蝶が突然、「あっ!」と声をあげた。


何事かと清光が目を向けると、胡蝶は目をまんまるに見開いて、清光の頭の上あたりをじいっと見つめている。



「いかがなさいました? 虫姫さん」


「そこに、とっても大きな毛虫がいるの」



胡蝶はほっそりとした白い指で、清光の頭の上に伸びている樹の枝を差した。



「まあ、すごい、そんなに大きな毛虫は見たことがないわ」



清光は胡蝶の視線を追って毛虫を見つける。



「なるほど、これは確かに立派な毛虫だ。見事なものだ」



それを聞いた途端、胡蝶は顔を輝かせた。



「分かってくれるの!?」


「ええ、分かりますとも。あなたがお望みとあらば、とって差し上げましょう」


「まあ、いいの?」


「もちろんですよ」



清光は長い腕をすっと伸ばして、ためらいなく毛虫を指先でつまんだ。


それを懐から取り出した畳紙にのせ、胡蝶に手渡す。



「はい、贈り物ですよ」



冗談めかして言うと、



「ありがとう! なんてすてきな贈り物なの!?」



と胡蝶が満面の笑みを浮かべた。



清光は思わず目を奪われる。


こんな笑顔は見たことがない、と思った。



まっすぐで、あけすけで、清らかで美しい笑顔。



―――この笑顔が自分だけのものになればいいのに。


気がついたらそう思っていた。