しかし、興奮の渦の真ん中で、胡蝶ひとりは怪訝そうな表情を浮かべていた。



「私のことを恋い慕っている、ですって? お会いしたこともないのに? お名前も名乗らないのに?

一度も話したことさえない人を好きだのなんだの言うなんて、ちょっと信じられないわね。

どういうつもりなのかしら、わけが分からないわ」



それを聞いていた小大輔という侍女が口を開く。



「姫さま、何をおっしゃるのです。そんなの、当然ですわ。会ったことも話したこともなくたって、世間の噂を聞いていれば、どのような御方なのか分かるというものです。

噂を聞いて気にかかる方がいれば、殿方はお手紙を送っていらっしゃるのですよ」



小大輔の言葉は、人々の常識であった。


しかし胡蝶は「そんなのおかしいわ」と眉をあげる。



「どんな表情をするのか、どんな話し方をするのか、どんなことを考えているのか、それも知らずに心を許せるものですか。

みんなが言う恋というものは、どうやら私には無縁のようだわ」



それだけさっぱりと言い切ると、胡蝶は興味を失ったように文を放り出した。


それから、ふと思いついたように言った。



「それにしても、なんで《地を這ってでも》なんて言ってきたのかしら。へんな表現よねえ」