「姫さま、姫さま! 大変です!」



しとしとと雨の降り続くある夜、胡蝶がいつものように毛虫と戯れていると、伊勢中将が慌ただしく駆け込んできた。


古参の侍女のいつになくはしたない様子に、胡蝶は目を丸くする。



「まあ、お伊勢、どうしたの? あなたがそんなふうに走るなんて、珍しいこともあるものねえ」



呑気に感心している胡蝶に、伊勢中将は「これが走らずにいられますか!」と返した。



「なんと、なんと………姫さまに殿方からお手紙が届いたのです!」



さすがの胡蝶も驚いて「あらまあ」と声をあげた。



「殿方からのお手紙ですって? なぜかしら」


「きっと、姫さまのお噂をどこかでお耳になさって、姫さまにご興味を持たれたのですわ! ああ、なんてこと! 大変、大変!」



興奮したように胸に両手を当てながら、伊勢中将は慌てふためいている。



「で、お手紙って、どなたからなの?」


「それが分からないのです。送り主が書いてありませんので。ただ、ついさきほど、この袋と文が届けられたのです」



そう言って伊勢中将が差し出したものを、胡蝶はまじまじと見つめる。


それは、鱗模様の首懸け袋であった。


珍妙な絵柄に首をかしげながら、胡蝶は、懸袋に添えられている文を開いた。