「ああ、雨の夜の宿直というのは、本当に退屈だなあ」



脇息にもたれかかり、扇をもてあそびながらぼやく若い男が一人。


今をときめく左大臣の御曹司で、その名を清光という。



物怖じせず愛嬌があり、人好きのする男で、将来を期待されている貴公子の筆頭である。



「おい、だれか、何か面白い話でもしてくれないか」



宿直所に集い、ひまつぶしに双六などをしていた若い貴公子たちに清光が声をかけると、一人が顔を上げた。



「清光どの、こんな噂を聞いたことがありますか」



清光はにやりと笑い、男のもとににじりよった。



「基常どの、なにか知っているようだな。どれ、聞かせてくれ」


「私もつい先日聞いたばかりなのですが……」



基常がある噂を語って聞かせると、清光はぱっと目を輝かせた。



「なんだって? 大納言どのの娘御で、虫をこよなく愛する姫君がいると?」


「ええ、そうらしいのです。なんでも、化粧も歯黒めもせずに、一日中毛虫と戯れているのだとか」



清光が感嘆の息をもらす。



「なんとまあ、風変わりな姫もいたことよ。そのような女、見たことも聞いたこともない。なかなか興味深いではないか」


「でも、毛虫ですよ? 気味が悪いではありませんか。しかも、毛虫だけではなく、あらゆる虫をとってこさせてはじいっと眺めているのだとか」