父大納言は呆れ返って足を止め、少し離れたところから中の様子を窺う。



胡蝶は歌に満足すると、今度は手にのせた虫をじいっと見つめ、それから外にいる男童の一人に声をかけた。



「ねえねえ、いなごって、なんだか竹丸に似ているわね。そう思わない?」



また突拍子もないことを、と大納言は閉口する。


しかし胡蝶の声は真剣だった。



「やっぱり似ているわ。よし、いいこと思いついた。今日から竹丸のことは『いなご麻呂』と呼びましょう!」



ええっと不満げな声をあげた竹丸をよそに、胡蝶はこの新しい遊びに熱中しはじめる。



「そういえば光郎はおけらみたいな顔をしているじゃない。お前は今日から『けら男』ね」



男童たちに次々と、ひきがえるの『ひき麻呂』、『とんぼ彦』、『かまきり助』、『みの太郎』などと珍妙な名をつけていく娘を、大納言は泣きたいような心持ちで見つめた。



無駄だとは思うものの、やはりこのままではいかんと思い立ち、娘に声をかける。



「胡蝶よ。お前に話がある」


「あら、お父さま、いつの間に」


「お前、そろそろ虫遊びをやめようとは思わないか」



胡蝶がきょとんとして、御簾ごしに父を見つめた。



「どうしたの、急に? やめる必要なんてないわ」


「しかしなあ、もう裳着も終えた立派な成人女性だというのに、いつまでもそんなふうでは、お婿さんが来てくれないよ」