また一つため息をついた時、店の奥から、ツルさんが「百合ちゃあん」とあたしを呼ぶ声が聞こえた。





「ちょっと、お使い頼まれてくれないかい?」




「はあい」





ちょうど仕事のなくなっていたあたしは頷き、ツルさんのいる台所に入った。





「あのねぇ、お米がもうこれだけしか残ってないんだよ。

これじゃ隊員さんたちには足りないからさ、田島さんって家にこれ持って行って、お米と交換してきてくれないかねぇ」





そう言ってツルさんがあたしに手渡したのは、ツルさんが「銘仙(めいせん)の着物なんだよ」と言って大事にしていた紫色の着物だった。



銘仙というのは絹で織られた生地だそうで、滑らかな光沢のあるきれいな着物。






「え……いいの?

だって、これ………すごく大事なものだって………」





あたしが訊ねると、ツルさんは「いいんだよ」と明るく笑った。





「こんなおばちゃんがさ、上等の銘仙なんか持ってたってしょうがないだろ。

それより、隊員さんたちの胃袋ふくらましてあげるほうが大事だよ」





そんなふうに言って微笑むツルさんの瞳も、特攻隊員の人たちと同じくらい、曇りなくきれいに澄みきっていた。