第一章 初夏




第3節 汚れなき瞳












それからもあたしは数日に一度、夜中にツルさんの家を脱け出して、防空壕で眠った。



目が覚めたら現代に戻っているんじゃないか、と期待して。




でも、何度そうしても、いつも目が覚めるのは1945年の世界だった。




他にどういう方法があるんだろう。



何も思いつかなくて、あたしは途方に暮れていた。





そうこうしているうちに、こっちの生活にもずいぶん慣れてきた。





「あ、百合! おはよう」





店の前で掃き掃除をしているあたしに向こうから近づいてきて声をかけたのは、近所の魚屋の娘さんで、毎日店に配達してくれる千代。





「おはよ、千代」




「今日も暑いねぇ」




「うん、暑いね」





遠いどこかでは激しい戦闘が繰り広げられているだろうに、同じ日本人がたくさんの命を失っているだろうに、


こんな普通の会話をしているのは、なんだか変な感じがする。





戦時中って、これまであたしが思っていたように、どこもかしこも真っ暗で、人々もみんな沈んだ顔をしてる、ってわけでもない。