出撃前夜の思いを記した日記のページ。




出撃直前に作られた詩や短歌。




『空母轟沈』『必中必沈』といった出撃の決意を半紙に書いたもの。





どれも墨で書かれたきれいな文字ばかり。




遺書、という書き出しで書かれた手紙がいくつもあった。



文末は、『天皇陛下万歳』『大日本帝国万歳』といった言葉で締めくくられているものが多い。





そんな手紙を家族に宛てて書くのは、そしてそんな手紙を受け取るのは、いったいどんな気持ちだったんだろう。





寺岡さんや石丸さんが家族に書いた手紙も、『遺書』という書き出しだったんだろうか………。




ぼんやりと展示ケースの間をまわっていたとき、ふと見覚えのある筆跡を見つけた。




ケースに顔を寄せ、じっと見つめる。




寺岡さんの手紙だった。





思わず文字を追っていく。




奥さんに宛てて書かれた長い文章は、さらさらとした文字がつながっていて読みにくく、ほとんど理解できなかった。




ただ、「佳代をよろしく」という部分だけは何とか読めた。




佳代って、たしか、寺岡さんの赤ちゃんの名前だ………。