「じゃあ、行ってくるね、百合ちゃん」




「いってらっしゃい。気をつけて」





ツルさんが玄関から出て行くのを、あたしは手を振って見送った。





結局、特攻隊の見送りに行く勇気は出なかった。





行ったらきっとあたしは、飛び立とうとする戦闘機に飛びついてでも、止めたくなってしまう。




行かないで、とやっぱり叫んでしまう。




せっかく、昨日の夜がんばって、きれいなお別れを言えたんだ。




だからもう、あたしは彰に会うつもりはなかった。





もう彰に迷惑をかけたくない。




あたしを何度も助けてくれた彰を、困らせたくない。





あたしは部屋の片隅で膝を抱えて、じっと畳の目を睨みつけていた。





今日も天気がよくて、すごく暑い。




開け放した窓から、蝉の声とそよ風が忍び込んでくる。




どの時代でも、蝉の声がうるさいのは同じだな。




そんなことを思っていると、ふいに強い風が吹いた。





窓辺にかかっている古びた風鈴が、ちりん、ちりん、と涼しげな音を立てる。





その風に吹かれて、食卓の上に置かれていた一枚の紙が、ふわりと床に落ちた。