野口さんの頬が涙に濡れている。






ーーーもしかして、死ぬのが怖くなったのかな、




と、あたしは思った。





出撃したくない、死にたくない。



そんな思いで、彼は泣いていたんじゃないだろうか。




それは、すごく当然のことだと思えた。





むしろ、そういうふうに当たり前の感覚を持っている人がいてくれたほうが、あたしは安堵できる。





………でも。



野口さんの答えは、あたしの期待を裏切った。






「嬉しいんだ………」






震える声で、野口さんは、「嬉しい、嬉しい」と繰り返した。






「俺はね、嬉しいんだよ、百合ちゃん。

嬉しくて嬉しくてたまらない。


やっと出撃できるのだと思うと、喜びが込み上げてきて………。

さっき皆と歌いながら、俺は感動が抑えきれなくなって、もう涙で歌っていられなかった」






あたしは野口さんの言葉を呆然と聞いた。






「俺はね、死に損ないなんだ。

本来なら一月前に、すでに南の海上で散っていたはずの命なんだ。


それなのに………仲間と共に出撃したのに、俺の機だけエンジンの故障で飛べなくなって、一人、泣く泣く戻ってきたんだよ。


兵舎に戻ってから、俺は歯ぎしりするほど悔しくて、悔しくて………何晩も寝られなかった………」