でも、ここには、傷につける薬も、死にかけの人に飲ませてあげる一杯の水さえ、ない。




………なんにも、ない。





呻き声が重なり合って、とぐろを巻いたように歪んで、空間を満たしていく。






…………もう、聞きたくない。




あたしは目を見開いて闇を睨んだまま、両手で耳を塞いだ。






ーーー地獄だ。





ここは、地獄だ、





と思った。





これが地獄でなくて何なのだろう?





目を閉じても、開いていても、そこには地獄があった。





何の罪もない人々が、無差別に傷つけられ、苦しめられ、死んでいく。





こんなの、地獄だ。





もう、涙も出なかった。





あたしは瞬きもせずに、微動だにせずに闇を睨みつづけた。






「………百合?」






彰があたしの名を呼ぶ。




でも、あたしは何も答えなかった。




呼ばれていることは分かったけど、まったく動けなかったのだ。






「百合、大丈夫か?」





「……………」





「おい、百合」





「……………」





「百合!」






彰が鋭く叫び、あたしの頬を軽く叩いた。