時を越えてつながれた絆――。二度と会えなくても、想いは胸に。
『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』
親や学校、すべてにイライラした毎日を送る中2の百合。母親とケンカをして家を飛び出し、目をさますとそこは70年前、戦時中の日本だった。偶然通りかかった彰に助けられ、彼と過ごす日々の中、百合は彰の誠実さと優しさに惹かれていく。しかし、彼は特攻隊員で、ほどなく命を懸けて戦地に飛び立つ運命だった――。のちに百合は、期せずして彰の本当の想いを知る…。涙なくしては読めない、怒濤のラストは圧巻!
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『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』映画化記念
『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』を読んだ鹿児島大学の学生4人が、知覧を巡り、汐見夏衛先生と語り合いました。
作品が生まれた背景や、現地で感じたこと、そして作品を通して見えた新たな景色を、全2回にわたってお届けします。
鹿児島県出身、愛知県在住。2016年『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』でデビュー。27万部を超える大ヒット作となる。同じく、2017年野いちご大賞を受賞した『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』シリーズも大ヒット(すべてスターツ出版刊)。ほか、『ないものねだりの君に光の花束を』(角川書店)など著書多数。等身大に描かれた若者の瑞々しい感性にファン多数。
「KADAI INFO」は、鹿児島大学の学生が運営する学生メディア団体です。鹿大生や鹿児島の魅力を伝えるWeb記事や動画、SNS、フリーペーパーの制作・発信を行っています。企画立案から取材、記事制作、動画編集、営業までを学生主体で担い、企業とのタイアップ企画やイベント運営にも積極的に取り組んでいます。
『あの花』『あの星』の作者、汐見夏衛先生の原点ともいえる鹿児島県・知覧を巡り、物語が生まれた背景をたどるVlogをご紹介。作品の世界を深く知るために、作者が物語を紡ぐきっかけになった場所を訪れた様子をお届けします!
川原さん(3回生):営業部長。知覧出身。
松元さん(4回生):編集部所属。もともと「あの花」についての記事を「KADAI INFO」で作成していた。
秋月さん(4回生)、野本さん(2回生):動画部
※訪問先の施設や店舗情報は掲載時点のものです。営業時間や定休日は変更になる場合もございます。詳細は施設や店舗にご確認ください。
知覧特攻平和会館
第二次世界大戦末期、沖縄戦の特攻隊出撃基地があった知覧にある資料館。陸軍特別攻撃隊員の遺品や関係資料を展示し、隊員の当時の真の姿、遺品、記録を後世に伝えている。


【メンバーコメント】
知覧特攻平和会館は、汐見先生が作品を生み出すうえで影響を受けた、作品を知る上で欠かせない場所です。展示や資料を見学しながら、作品の舞台設定だけではなく、「なぜこの物語が生まれたのか」という視点で知覧と向き合いました。何度訪れても、私たちが今平和に暮らせていることが当たり前ではないということを強く実感する場所です。何歳になっても絶対に忘れてはならないことで、受け継いでいかなければならないという気持ちになりました。
知覧茶屋
大東亜戦争末期、陸軍特別攻撃隊の最前線基地があった知覧で営業している茶屋。鹿児島県の郷土料理や、釜めし、丼もの、ラーメン、うどんなど、多種多様なメニューを提供。
住所:鹿児島県南九州市知覧町郡17856
TEL:0993-83-4774
営業時間:11:00~15:00(土日は~20:00、無休)

①

②
【メンバーコメント】
その土地の空気や食文化にも触れるため、知覧茶屋で昼食をいただきました。地元の食材を使った料理や名物の知覧茶ソフトを味わいながら、作品が生まれたきっかけとなった場所をより身近に感じる時間となりました。
①知覧茶と生乳がミックスされたソフトクリームをいただきました。冷たくて暑い夏にぴったりです。
②鳥濱トメさんの味を受け継いでいる知覧茶園でかつおのタタキと釜飯をいただきました。ボリューム満点で大満足です。釜飯もたくさんの種類から選べるのでとってもおすすめです!
ホタル館 富屋食堂
鹿児島県知覧町にある食堂。大東亜戦争末期、軍の指定食堂として数々の特攻隊員を支えてきた場所。特攻隊員達の遺品や写真を織り交ぜ、 特攻隊員達の真実を展示している資料館でもある。
住所:鹿児島県南九州市知覧町郡103-1
TEL:0993-58-7566
営業時間:10:00~17:00(無休)

【メンバーコメント】
作品をより深く理解するため、知覧特攻平和会館や富屋食堂など、知覧を代表する場所を巡りました。富屋食堂は、特攻隊員たちを温かく迎え続けた実在の食堂です。『あの花』にも、特攻隊員たちが集う食堂が描かれており、作品の世界に思いを重ねました。
知覧農園
お茶の街として有名な南九州市知覧にあるお茶屋。知覧茶は多種多様な品種を持ち、深蒸し茶の渋みを抑えて甘みや旨みを引き出した深いみどり色が特徴。有機栽培(オーガニック)にこだわった製法で安心、安全な知覧茶のおいしさを伝えている。

【メンバーコメント】
最後に知覧農園を訪れました。本日2回目のアイスクリームです(笑)。抹茶がふんだんに使われていて、ソフトクリームとの相性抜群です。知覧農園では、名産の知覧茶を味わいながら、この土地の自然や文化を感じ、地域への理解をさらに深めることができました。
同じ年代だから見えたこと――
鹿児島大学生が巡る『あの花』『あの星』の原点
『あの花』『あの星』を、登場人物たちと同世代の大学生が読んだら何を感じるのでしょうか。
鹿児島大学の学生たちが作品を読み、その原点となった場所を実際に巡りました。その後、そこで感じたことを語り合い、生まれた疑問を、著者の汐見夏衛先生と対談した様子をお届けします。
今だからこそ見える『あの花』『あの星』を、大学生たちと一緒にたどります。
川原さん|法文学部3年・KADAI INFO 営業部長
以前から汐見夏衛先生の作品を読んでおり、今回の座談会への参加を楽しみにしていた。
松元さん|法文学部4年・KADAI INFO 編集部
『あの花』映画公開時にも、KADAI INFOで関連記事を制作。今回、再び『あの花』に関わる企画に参加。
秋月さん|法文学部4年・KADAI INFO 動画部
映画館で『あの花』を鑑賞し、深く感動した経験を持つ。今回、初めて汐見先生との座談会に参加。
野本さん|法文学部人文学科2年・KADAI INFO 動画部
高校生のときに映画館で『あの花』を鑑賞。「すごく感動して、たくさん泣いた」という思い出を持つ。
(インタビュアー:スターツ出版文庫SNS担当)
――まず、みなさんが『あの花』と出会ったときのことを教えてください。
川原さん: 初めて読んだのは中学3年生のときです。友達に紹介してもらい、すごく感動して、学校でも「愛読本」の一冊として紹介しました。
汐見先生: 中学生の頃に読んでくれた方が、何年か経って映画も観て、大学生になった今も作品を覚えていてくださる。それはすごくありがたいです。
――10年にわたって読み継がれてきた『あの花』ですが、そもそもこの物語はどのようにして生まれたのでしょうか。
汐見先生: 当時は高校で国語を教えながら、携帯小説サイトで作品を書いていました。授業で戦争を扱うなかで、生徒たちにとって戦争がどんどん遠い出来事になっていることを感じていたんです。
私自身は祖父母から戦争の話を聞く機会があり、「身近な人が経験したこと」という感覚がありました。でも生徒たちからは、「悲しいからあまり読みたくない」「実話だからこそショッキング」といった声も聞こえてきました。
だから、戦争を扱いながらも、若い人たちがまず物語として入りやすい作品をつくれないかと思ったんです。
当時活動していた『野いちご』は小中学生の読者が中心でした。最初から戦争の話として始めるのではなく、学校生活や親へのモヤモヤなど、今の子たちが共感できるところから入り、少しずつ戦争の話につながっていく。そんな作品に挑戦してみようと思って書いたのが『あの花』でした。
――『あの花』の原点のひとつとなった知覧。汐見先生自身は、知覧からどのような影響を受けたのでしょうか?
汐見先生: 中学生のとき、社会科見学で知覧特攻平和会館を訪れたことが大きかったと思います。実際の写真や遺品、遺書を見て、「本当にいた人たちなんだ」と実感したことが、すごく衝撃的で、ずっと印象に残っていました。
大人になって、教員として戦争を扱った作品を書こうと思ったとき、最初に「特攻」が浮かんだのも、中学生の頃に知覧を訪れた経験が大きかったと思います。小説を書く際にも、知覧特攻平和会館の資料や遺書のアーカイブ、さまざまな施設が出している書籍などを参考にしました。
――汐見先生の記憶に残り、やがて『あの花』へとつながっていった知覧。今回、鹿児島大学の皆さんにも作品を読んだうえで、実際にその土地を巡ってもらいました。どんな場所を訪れたのでしょうか?
川原さん: まず富屋食堂を訪れて、そのあと掩体壕へ行きました。知覧茶屋で昼食をとり、最後に知覧特攻平和会館を訪れました。富屋食堂には平和会館とはまた違った資料もあって、それぞれの場所でいろいろなものを見ることができました。
――『あの花』『あの星』を読んでから実際に知覧を巡ったことで、「作品のあの場面とつながっているのかもしれない」と感じた場所はありましたか?
松元さん: 『あの花』の小説と映画に触れてから改めて知覧を訪れました。知覧特攻平和会館では、作中にも登場する手作りの人形を実際に目にして、作品の中で見ていたものが現実にあることで、よりリアルに感じました。
また、富屋食堂では鳥濱トメさんと特攻隊員たちの関係や、当時の生活についての資料を見て、作品の描写と重なる部分が多いことにも驚きました。「先生は執筆当時ここを訪れていなかったと聞きましたが、どうやってここまでリアルに描いたんだろう」と気になりました。
汐見先生: 鳥濱トメさんについては、回想録などの本や、実話をもとにした過去の作品など、さまざまな資料を参考にしました。そこから想像を膨らませて書いています。ツルさんについても、トメさんを知っている方ならモデルだと分かるくらい印象的な方なので、ぜひそのエピソードを作品に入れたいと思い、いろいろと調べながら書きました。
――以前にも知覧を訪れたことがある皆さん。大学生になり、『あの花』『あの星』に触れた今、改めて訪れて感じたことはありましたか?
秋月さん:小学生の修学旅行で知覧特攻平和会館を訪れたときは、「怖かった」という印象が強く残っていました。でも大学生になり、作品に触れてから改めて訪れると、難しかった文字が読めるようになり、当時の様子も以前より想像できるようになりました。周辺の場所も巡ったことで、一人ひとりのエピソードにも目が向くようになり、場所の見え方が変わったと思います。
野本さん:中学生の頃に訪れたときには、やはり「怖い」という感覚が強かったです。しかし大学生になった今、展示されている遺書を見ると、自分と同じくらいの年齢の人が多くいたことに気づきました。「今の自分に、こんな文章が残せるだろうか」と考えました。
川原さん:私は生まれも育ちも知覧なので、戦没者の方々の名前が刻まれた灯籠が並ぶ景色も、昔から当たり前のように見てきました。学校で灯籠を磨くこともあって、ずっと日常の一部だったんです。
でも、作品に触れてから改めてその景色を見ると、一つひとつに名前が刻まれていて、それが歩道を埋めるほど並んでいることの意味を、以前より考えるようになりました。「これだけ多くの方が亡くなったんだ」と、改めて実感したというか。地元で昔から見慣れていた場所でも、作品に触れ、大学生になった今だからこそ、違う視点で見るようになったと思います。
汐見先生:そのお話は今初めて知りました。学校で灯籠を磨くというのも、地元で育った方ならではですよね。ずっと見慣れているからこそ日常になっていたものが、少し離れたり、時間が経ったりすることで違って見えることってあると思います。今、改めて新しい気持ちで地元を見ているというお話が、とても心に響きました。
汐見先生:私も最初に知覧を訪れたのは中学生の頃で、2回目は大学生だったと思います。皆さんと同じくらいの年齢になって改めて訪れると、特攻隊員の方々との年齢が近くなったからこそ、また違う意味で大きな衝撃を受けました。
その後、教員になって訪れたときは、自分が教えている高校生と同じくらいの年齢の子たちが特攻隊にいたことを考えて、「こんなに未来のある子たちが…」と、とても胸が痛みました。
そして子どもが生まれてから訪れたときは、家族への遺書を見て、「もし自分の息子からこんな手紙が届いたら」と、遺書を受け取る家族の気持ちを考えるようになりました。
年齢や立場が変わるたびに、知覧で感じることも変わっていく場所なんだと思います。皆さんもこれから社会人になって、いろいろな経験を重ねて、また訪れる機会があれば、きっと今とは違う気持ちでこの場所を見ることになるんじゃないかなと思います。
――今日皆さんのお話を聞いて、同じ作品でも、読む年齢やタイミングによって感じることが変わっていくんだなと改めて思いました。
まだ作品に触れたことがない方にも、以前読んだことがある方にも、「今の自分ならどう感じるんだろう」と思いながら、改めて『あの花』『あの星』に触れていただけたら嬉しいですね。
中学生の頃に作品と出会い、大学生になった今、改めて作品を読み、知覧を歩いた学生たち。そこには、以前訪れたときには気づかなかったことや、今だからこそ感じられることがありました。
そして汐見先生自身も、中学生、大学生、教員、親と、年齢や立場が変わるたびに、同じ場所から違うものを受け取ってきたと話します。
同じ物語でも、いつ、どんな自分で出会うかによって、心に残るものは変わっていく。
『あの花』『あの星』をまだ読んだことがない人も、以前読んだことがある人も、今、改めて作品に触れてみると、これまでとは違ったものが見えてくるかもしれません。