「そんな、歌えないよー」
「んじゃあれは? 矢野センパイが好きだからって聞いてた曲」
「……あはは、もう、忘れちゃった」
不意にセンパイの名前を出されて、すぐに反応ができなかった。
そう言えば、そんなこともしてたっけ。
全然好きじゃないグループのアルバム。貸してくれたから聞いてみたり、調べてみたり。結局好きにはなれなかったけど、正直今も覚えている。
「矢野センパイって? 彼氏?」
「いや、そんなんじゃ、前の、話」
突っ込まないでスルーして欲しい。
適当に笑って話が終わるのを待つしかできなくて、なんでもいいから歌えばよかったな、とぼんやり思った。
なんとなくで話がそれて、そのまま席を立った。
ちょうどジュースが空になっていたからそれを理由に。
前の彼氏の話なんて、みんなさらっと口にできるのに、やっぱり苦手。自分の思いを口にするのって恥ずかしいし、躊躇してしまう。
それに、口にしたら……なんだかみんなの雰囲気を壊してしまいそうで。
だから、センパイともうまくいかなかったんだけど……。
矢野センパイのことを思い出すと、胸がちくりと痛む。
もう、結構前の話のことなのに。