バクバクと心臓が鳴り響く。


地面を見続けて、必死に心の中でこのまま帰ってくれと願った。

どうやら彼は足を止めて私を見ているっぽい。
顔をあげることができないから気のせいかもしれないけど。いや、気のせいであってほしいんだけど。


「どした、セト?」


彼の様子を探るような友達の声に、体中に変な汗がぶわりと浮かぶ。

返事するから! 今日は無理だけど来週とか、いや、明日でもするから。お願いだから話しかけないで。お願いだからこんな人の多い場所でラブレターの話なんてしないで!


「なあ、お前——……」

「ごめーん! 希美!」


ひいーっと思った瞬間に、江里乃の声が響く。


顔を上げて少し先で靴を履き替えている江里乃のほうに、瀬戸山の声は聞こえなかったふりをして駆け足で近づいた。

……助かった!


「ごめんね、待った?」

「ううん、大丈夫!」


そのまま江里乃の顔だけを見て、決して瀬戸山のほうを見ることはなく、急いで靴箱をあとにする。

瀬戸山がどんな顔をしているのかはわからない。

ただ、友達らしき男の子が「知り合い?」と聞いていて、彼は「……いや」とそっけない返事をしていたのだけが聞こえた。


……取りあえず助かった。
本気で危なかった……。

ちょっと声かけられてたし、あそこで江里乃がこなかったらどうなっていたのか。